Gena(ジーナ)の飲んだくれ太腕繁盛記

健康であれば大抵のことは気合いと根性で乗り切れる!

MINAMATAーミナマター

今日は絶対に観たかった映画を観て来ました。

ポスター画像

(C)2020 MINAMATA FILM, LLC

ジョニー・デップが製作・主演を務め、水俣病の存在を世界に知らしめた写真

ユージン・スミスアイリーン・美緒子・スミスの写真集「MINAMATA」

を題材に描いた伝記ドラマ。

1971年、ニューヨーク。

かつて、アメリカを代表する写真家と称えられたユージン・スミスは、現在は

に溺れる日々を送っていた。

そんなある日、アイリーンと名乗る女性から、熊本県水俣市チッソ工場が海

流す有害物質によって苦しんでいる人々を撮影してほしいと頼まれる。

そこで彼が見たのは、水銀に冒され歩くことも話すこともできない子どもたち

姿や、激化する抗議運動、そしてそれを力で押さえ込もうとする工場側とい

う信じられない光景だった。

衝撃を受けながらも、冷静にカメラを向け続けるユージンだったが、やがて自

も危険にさらされてしまう。

追い詰められた彼は、水俣病と共に生きる人々に或ることを提案。

ユージンが撮影した写真は、彼自身の人生と世界を変えることになる。

ラブ・アクチュアリー」のビル・ナイが共演し、日本からは真田広之、國村

隼、美波らが参加。

坂本龍一が音楽を手がけた。(映画.comHPより)

小学生の時に「水俣病」は「公害病」だと社会科で習いました。

高度経済成長にあった日本で発生した公害病

他には「四日市喘息」「イタイイタイ病」なども習いました。

水俣病は、メチル水銀が工業廃水に混じって排泄され、これらを多く取り込ん

だ魚や貝を人間が摂取したことで発生しました。

メチル水銀は様々な神経障害を引き起こします。

 

富士フィルムのCMのインタビューに、通訳として訪れたアイリーン。

彼女の目的はもう一つ有った。

水俣病」の被害者を撮影して、世界に公表して欲しかったのだ。

最初は渋っていたユージンだが、アイリーンの熱意に押され訪日する。

この映画の中でユージンが撮影した写真は全てモノクロです。

カラー写真は出て来ません。

関節が曲がっていたり、脳性麻痺を患っている被害者を写した写真が何枚も

出て来ます。

一見すると、オドロオドロシイ写真なんですが、とても美しく感じます。

これはモノクロが持つ美しさ、上品さなのかな?

残酷な事実を写した写真だけど、美しさを感じます。

この時の写真は、1975年に英語版「MINAMATA」として出版されました。

そしてユージンが亡くなった後、1980年に日本語版「写真集 水俣」が

出版されました。

ジョニー・デップユージン・スミスが乗り移ったかのような、見事な演技

でした。

この映画、機会が有れば是非観て欲しいな。

日本人が知らない「水俣」が描かれてます。

知らなかったことが分かりますよ。